おてがみ

 

前略

大好きなあなたへ

あなたと会わない間に季節を一つ通り過ぎて、2つ3つ、季節の花も変わったかしら。きっとあなたはそんな情緒に揺られることもなく、怒涛のように過ぎ去る毎日を仕事に溶かして、さぞ忙しく過ごされていることでしょう。

体のことが最も心配です。あなたの家に行くといつも冷蔵庫は空で、代わりにビタミン剤などの薬の瓶が戸棚に並んでいるからです。お酒が好きなあなたですが、最後に会ったときには禁酒してるとのことでしたね。無理はしてほしくないので、ときには息抜きしてみたらどうでしょう?そんなとき、わたしが隣に居られればと思いますが、あいにくこちらも立て込んでおります。わたしだって、もう子供ではありません。明日からもやることがあります。


あなたの部屋の窓際の小さな水槽で飼われているベタは元気ですか?先日の地震は無事でしたか?聞きたいことはたくさんありますが、文字にしてしまうと急に温度を失ってしまいます。

わたしは何よりもダサいことが許せないので、そんな返事に困るような小言を一切言いたくないのです。でも言葉にしなくては、せっかくの感性が鈍ってしまう。だからこうして、言いたいことは全てインターネットの海に放り投げることにしています。


あなたとの、楽しかったことは数え切れません。なかでも好きな時間は、もうどうしようもない時間帯に街を徘徊すること。東京の下世話な繁華街の裏路地で、前を歩くあなたの後ろ姿を撮っていたことがあります。始めはこっそり撮っていましたが、あなたは途中ですぐにカメラに気づいて、振りかえりましたね。わたしは立ち止まって、繁華街の人混みにあなたが消えていくところでカメラを止めようと思っていましたが、あなたがおいでと手招きをするので、つい追いかけてしまいました。

カメラは回り続けました。後で見返してみたら、街の明かりを見上げて「きれい」というあなたの声が録音されていました。そんな日のあなたが、今のわたしの手元には、居てくれています。


そんな時間はもう我々に訪れないのでしょうか?

会わない時間が愛を育てる、という話を信じていました。しかし、あなたを思っているとどうやらそれは間違いであるらしいことがわかりました。初めのうちは、あなたが目を離している隙にうんと美しくなって、後悔させてやろうなどと、賢しいことを考えました。だけど、それは全く無意味なことです。だって、あなたが再び帰ってくる保証などどこにもないからです。

あなたがそばにいたのはほんの2か月くらいの話。その間にすっかり馴れ合ってしまったことを後悔しました。今まで寄りかかっていた柱を、急に引っこ抜かれたら、それは誰だって倒れてしまいます。わたしは今倒れ、そのまま地面と一緒になってしまうのではないかというくらい長いこと、横たわったままでいます。

あなたを好きだった気持ちがだんだんと、不安と痛みと、ほんの少しの憎しみに変わっていくのを眺める日々は、苦痛です。熟れた果実がその糖分ゆえに腐っていくのは、つまりこういうことなのでしょう。自分から飛び込んだ恋とはいえ、思いのほか甚大な被害です。


先日、このまま一生あなたと会わない未来を想像しました。悲しいけれど、それは一度外れた道が正されただけのことのように自然でした。あなたと出会ったことが、不思議の国の話みたいに全て夢オチであればどんなにいいだろうと思いました。大人になったアリスは、あの夢を思い出すことはあるのでしょうか。

今まで、「別れてもなかったことにはならない」を信条としてきましたが、あなたとの時間は、間もなく「なかったこと」になりそうです。思い切り力を込めてあわ立てたメレンゲが、数秒で口の中で溶けていく、そのあっけなさによく似ています。

わりときつめの呪いをしっかりとこの身に刻み込んだあなたが、この世のどこかで平穏に暮らしていると思うと、とんでもないことをしでかした気持ちになります。だけどこれは一般的すぎるほど、しょうもない恋の形です。気持ちが強ければ強いほど、とんでもなくなるのが恋ですから。

あなたは、わたしが本当につらいとき、そばにいないから好きです。あなたが見ているわたしは、いつもぴかぴかとあなたに向かって光を発する、若くて健気な女です。すてきなところを見て褒めてくれるあなたのことが大好きですから、わたしも精一杯見栄を張ります。見栄を張りたい気持ちがなくなったら、恋は終わりですからね。

だけど今このときばかりは、ぼろぼろのわたしが足を引きずってあなたのところに辿り着くのをご覧に入れたいと思うくらいには、余裕がありません。そんなのを見ても、あなたはきっとなんとも思わないのでしょう。 

 

長々とごめんなさい。

最初から、会いたいって言えば、全て済む話です。

本日も、心からお慕い申し上げています。

 

草々