おてがみ

 

前略

大好きなあなたへ

あなたと会わない間に季節を一つ通り過ぎて、2つ3つ、季節の花も変わったかしら。きっとあなたはそんな情緒に揺られることもなく、怒涛のように過ぎ去る毎日を仕事に溶かして、さぞ忙しく過ごされていることでしょう。

体のことが最も心配です。あなたの家に行くといつも冷蔵庫は空で、代わりにビタミン剤などの薬の瓶が戸棚に並んでいるからです。お酒が好きなあなたですが、最後に会ったときには禁酒してるとのことでしたね。無理はしてほしくないので、ときには息抜きしてみたらどうでしょう?そんなとき、わたしが隣に居られればと思いますが、あいにくこちらも立て込んでおります。わたしだって、もう子供ではありません。明日からもやることがあります。


あなたの部屋の窓際の小さな水槽で飼われているベタは元気ですか?先日の地震は無事でしたか?聞きたいことはたくさんありますが、文字にしてしまうと急に温度を失ってしまいます。

わたしは何よりもダサいことが許せないので、そんな返事に困るような小言を一切言いたくないのです。でも言葉にしなくては、せっかくの感性が鈍ってしまう。だからこうして、言いたいことは全てインターネットの海に放り投げることにしています。


あなたとの、楽しかったことは数え切れません。なかでも好きな時間は、もうどうしようもない時間帯に街を徘徊すること。東京の下世話な繁華街の裏路地で、前を歩くあなたの後ろ姿を撮っていたことがあります。始めはこっそり撮っていましたが、あなたは途中ですぐにカメラに気づいて、振りかえりましたね。わたしは立ち止まって、繁華街の人混みにあなたが消えていくところでカメラを止めようと思っていましたが、あなたがおいでと手招きをするので、つい追いかけてしまいました。

カメラは回り続けました。後で見返してみたら、街の明かりを見上げて「きれい」というあなたの声が録音されていました。そんな日のあなたが、今のわたしの手元には、居てくれています。


そんな時間はもう我々に訪れないのでしょうか?

会わない時間が愛を育てる、という話を信じていました。しかし、あなたを思っているとどうやらそれは間違いであるらしいことがわかりました。初めのうちは、あなたが目を離している隙にうんと美しくなって、後悔させてやろうなどと、賢しいことを考えました。だけど、それは全く無意味なことです。だって、あなたが再び帰ってくる保証などどこにもないからです。

あなたがそばにいたのはほんの2か月くらいの話。その間にすっかり馴れ合ってしまったことを後悔しました。今まで寄りかかっていた柱を、急に引っこ抜かれたら、それは誰だって倒れてしまいます。わたしは今倒れ、そのまま地面と一緒になってしまうのではないかというくらい長いこと、横たわったままでいます。

あなたを好きだった気持ちがだんだんと、不安と痛みと、ほんの少しの憎しみに変わっていくのを眺める日々は、苦痛です。熟れた果実がその糖分ゆえに腐っていくのは、つまりこういうことなのでしょう。自分から飛び込んだ恋とはいえ、思いのほか甚大な被害です。


先日、このまま一生あなたと会わない未来を想像しました。悲しいけれど、それは一度外れた道が正されただけのことのように自然でした。あなたと出会ったことが、不思議の国の話みたいに全て夢オチであればどんなにいいだろうと思いました。大人になったアリスは、あの夢を思い出すことはあるのでしょうか。

今まで、「別れてもなかったことにはならない」を信条としてきましたが、あなたとの時間は、間もなく「なかったこと」になりそうです。思い切り力を込めてあわ立てたメレンゲが、数秒で口の中で溶けていく、そのあっけなさによく似ています。

わりときつめの呪いをしっかりとこの身に刻み込んだあなたが、この世のどこかで平穏に暮らしていると思うと、とんでもないことをしでかした気持ちになります。だけどこれは一般的すぎるほど、しょうもない恋の形です。気持ちが強ければ強いほど、とんでもなくなるのが恋ですから。

あなたは、わたしが本当につらいとき、そばにいないから好きです。あなたが見ているわたしは、いつもぴかぴかとあなたに向かって光を発する、若くて健気な女です。すてきなところを見て褒めてくれるあなたのことが大好きですから、わたしも精一杯見栄を張ります。見栄を張りたい気持ちがなくなったら、恋は終わりですからね。

だけど今このときばかりは、ぼろぼろのわたしが足を引きずってあなたのところに辿り着くのをご覧に入れたいと思うくらいには、余裕がありません。そんなのを見ても、あなたはきっとなんとも思わないのでしょう。 

 

長々とごめんなさい。

最初から、会いたいって言えば、全て済む話です。

本日も、心からお慕い申し上げています。

 

草々

 

淡々かつ粛々とこなす日々を「元気だよ」と言う。

 

3月。学生だった時よりも、その季節特別に感じない。

私はもう何からも卒業しないし、どこへも入学しない。今まで、ぼーっとしてても着々と日々は進んでいたのは、学生という管理された身分だったからであって、本当は私は何一つ日々をこなしていなかったのではないかと不安になった。

だから、今年の春は、今や私の寂寥感と焦燥感が形になった怪物のような姿で私の前に現れて、今、私を不安にさせている。こんなに気持ちの晴れない春は初めてかもしれない。

毎年のことだけれど、冬の寒さで委縮した肩を、やんわりともみほぐしてくれる春風のせいで、春は何となく開放的な気分になる。体が自由に動くというだけで、底知れない全能感。このせいで、うかつにいろんなことに手を出したくなるのだけれど、実はそれは罠なんじゃないかと思い始めた。どうして暖かくなってすこしきれいな花々が咲くからといって、よい季節と言えるの?

 

うわついた風に誘われ咲くのか桜さまざまな夢の罠

 

 

 

 仕事が忙しくて、言葉と向きあう時間が減った。もっといろんな言葉で表現したいのに、今はそれができないことがすごく苦しい。今、私の中は「やらなきゃいけないこと」でぎちぎちになっていて、一つも言葉を響かせる隙がない。たとえるなら、中に毛布を詰められたクラシックギターみたいな感じだ。弦にゴムをまかれたピアノ、綿を詰められたトランペットともいえる。中身がぎゅうぎゅうに詰まってて、少しも、言葉や感性を働かせる余地がないということ。私が奏でる音楽がないということ。はあ、こんな不器用な文章、いったい誰が楽しんでくれるというんだろう。悲しい、悲しい。

 最近は、仕事をするための言葉ばかり思えようと必死だ。言葉は厄介で、あまりに丁寧に伝えようとすると仕事のスピードは落ちるし、かといって便利な言い回しだけを覚えて使っていると、その仕事を自分がやる意味を見出せなくて、失望してしまう。社会人ボットのように同じ言葉を繰り返すのは、バカみたいで何よりもいやだ。

 

六十匹の狐の歯とともに 眠る王を夢みて3時

 

満ち足りた気持ちになるからセブン・イレブンのたまご蒸しパン ほぼ満月です

 

 

 2月は誕生日もあったのに休みは1日しかなかったし、最悪の月だった。誕生日だって、好きな人と会えると思ったら好きな人もちょうど忙しい時期で、結局会えなかった。そのあとも一向に連絡がないから、彼はもう私のことを忘れたか、どうでもよくなったのかもしれない。新しく恋人ができたのかもしれないし、仕事で忙しいのかもしれない。憶測は、止まらない血のように流れ続けて、私を疲弊させる。

 そんなこんなで一日に数回、彼のことを思い出しては寂しくなることを3週間も繰り返しているうちに、その思い出は懐かしくなりはじめた。最初は思い出すたびに落ち込んでいたけれど、何度も撫でていると愛着がわくものだ。石を磨いているみたいに思い出を磨く。いずれすべての角が落ちて丸くなって、キラキラと輝くだろう。…そう思ったら、全然連絡をよこさない、つれない私の好きな人のことも、許せる気がした。いや、「許せる」なんていうのも本当はおこがましい話なのだが。

 もともと本気でなれ合うつもりも、やりあうつもりもなかった。「付き合わなくてもたのしく過ごせたら、それでいいんじゃないのかな」。なみなみと注がれたハイボールの乾杯とともに交わしたやり取りの中の彼の言葉が、全ての答えなのである。私は、次第に彼のその答えが間違っていることに気づくだろう。いや正しくは、私が彼の器には収まりきらなくなるだろう。今までだってそうだった、そうやって馬鹿な恋を続けてきたのだ、のらりくらりと。

 

願っていてもいいかな あなたの掌が私の頬を覚えているよう

 

忘れたよ、忘れてやるよ君なんて 枯れた花と治った傷跡

 

君じゃなきゃダメなこともあるけれど 君じゃないならどうでもいいや

 

変わらない君の愛が好きだけど変わる君のすべてはもっと好きだよ

 

 

わたしのものになってきた うす暗くあたたかい巣 206

 

■目覚ましで起きられなかった だめな朝の コーヒーが今日の私を生かす

 7時半に設定しているはずの目覚まし時計が、ついに消した記憶もないのに消えているという事態になってきた。そろそろ自分の怠惰を見直したいが、だめだ。あきらめながら、燦燦と日が差す部屋をコーヒーの香りで満たす。一瞬だけ幸せな気持ちになって、そのあとすぐコーヒーの苦みに叱られる。カフェインが目を覚ましてくれるというよりも、この香りとルーティンによって私は目覚めているのだと思う。

 

■君の部屋が好きだよ 壁のポスターも葉っぱの名前もぜんぶ覚えるね

 友達の部屋の趣味がよすぎてたまらず、写真を撮った。公営住宅のような見た目と間取りだが、その友達の恐るべきセンスで、すてきな空間に生まれ変わっている。かっこいい写真集や可愛い色のポスターが壁にかかっている。ベッドがないから毎日布団を敷いて寝ているんだといった。そういう君の丁寧でまめなところが、このすてきな部屋を作っているんだね。10年かけて育てた部屋はもう、作品というべきだ。「今日は富士山がきれいだよ」。カーテンを開けた君が嬉しそうだ。真っ白い雪をかぶった富士山のてっぺんだけが、乾いた冬の空にくっきり浮かぶ。ずっとここにいたいと思った。ずっと君といたいと思った。

 

■帰ろうとするわたしを抱きとめるみたいな あなたの香りを盗んだ服だ

 映画が終わって、ぼろぼろこぼれる涙を拭きながら立ち上がったら、その日おろしたばかりのニットにあなたの香水の香りが移っていた。あまりにいい香りだったから私が覚えすぎていたのでしょうか、それとも本当にそばにいただけで移ってしまったのでしょうか。正気に戻ったころには町のにおいに紛れてしまうだろうと思っていました。でも、歩いても、歩いても、その香りは追いかけてきた。ああ、だめだ。映画のせいで涙腺が緩んでいるみたいだ。もう会わないのにね、もう会わないのにね。泣きじゃくって乗る終電、薄れゆく香りの裾を「待って」と握る。

 

■背を割って羽化した翅に一粒の さなぎのわたしを愛した涙

蝶々、ずっと葉っぱにへばりついていた人生から、背中に新しく羽が生えて宙を舞うことができる人生に変わるなんて、きっと生まれたときは知らなかったでしょう。蝶々、あなたに聞いてみたい。その細い足で自分の殻に止まっているのは心細くてたまらなかったでしょう。でもあなたはその翅の動かし方を、向かうべき花の香りを、ずっと昔から知っているみたいに、当たり前に飛んで行く。あなたがうらやましいのです。遺伝子が教えてくれることがあるのなら、私にだってそのときは訪れるのではないか。どこからか聞こえるものなの?それとも、勝手に体が動くのでしょうか。

自分でも、自分の変化に説明がつかない。蝶々、あなたもそうだったのですか。

どうか教えて、わたしは変わるべきですか。あなたのように。

 

■大勢の馬鹿に愛され 永遠にひとりきりだね よい人生だね

 たくさんの友達がいる人生と、たった一人の伴侶がいる人生だったら、私はたくさんの友達がいる人生を選びたい。好きなときに好きな人に会いたい、何のしがらみもなく透明でいたい、誰のものにもなりたくない。かつて私に「一人にしないよ」と言った人のそばにいたって、私は結局孤独になった。どうせ孤独になるのなら、最初から期待しない。

今この1時間、今この2時間、今日、この夜、楽しく温かく過ごしたいだけで、ほかにはなんにもいらない。今日も幸せだと安心する自分がいる一方で、「だけどこれは本当に一瞬のぬくもりだよ」と冷たく笑う自分もいる。

わかっているよ、だから永遠に一人きりであることをそっと覚悟する。

かがみのように冷たい決意だ。誰にも分からなくて、分かってたまるか。

 

■夢の瀬戸際 人であることを忘れ 鳴き声のように君の名を呼ぶ

 寂しくて鼻を鳴らす犬の気持ちが、あなたのそばで眠った朝に分かってしまった。「寂しさ」や「甘え」という名前がつく前に、それはもう私の口からこぼれている。この感情が選んだのが、あなたの名前だった。こんなふうに素直に、脳みそを通らずに誰かの名前をよぶことができる日を、生まれたときから待っていた。

この深い孤独に、立ち入るわけでもなく埋めようとするわけでもなく、ただそのままを眺めてくれたまなざしの、なんてあたたかいことだろう。

 

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誰かと一緒にいたいと思う自分と、人は永遠に一人だと思う自分が同居している。それは矛盾しているようで、実はちゃんと筋が通っているようにも見える。

一人で生きられるようになって初めて、誰かといることを選べるのではないかと思う。相手を引き受ける適切な隙間、相手を引き受けられる感情的な体力と筋力、そして相手を引っ張りすぎないよう自分を保っていられる精神の強さ。これらは完ぺきに「一人でいること」ができるようになって初めて習得できる「つよさ」のではないか。

 

 不安なことがあった。私は変わってゆくから、というか人はみな変わってゆくから、物事に対する好き嫌いは水の流れのように、風景のように変わっていく。でもそんなことを言っていたらわたしは一生ひとりぼっちで、移り変わる世界や感情にうかうかしているだけの、からっぽな人間になってしまうのではないかと思って怖い。

…そう話した私の言葉は、自分でも驚くほど素直だった。話を聞いてくれたその人は少し考えて、「それは自分に期待しすぎだよ」と笑った。

「『今、好き』の積み重ねが『ずっと好き』になるんだよ」。

 

 

憂一乗

憂一乗

  • ヨルシカ
  • J-Pop
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ここにあるの多くはフィクションで、すべてが私の経験ではありません。

ですが、私が共感できるようにしか書いていません。

 

 

 

最高気温10度に届かないとか 眠っていたら季節が変わった

 


◾️音楽が果てた静寂 夢のまにまに わたしのあとをそっとぬぐう


最近はプレイリストをループでかけることができるのであまり音楽が途絶えることってないけれど、レコードをかけるといずれ終わりが来る。沈黙を埋めなくちゃって、慌てて盤をひっくり返そうとしないでほしい。その間ならお喋りで埋めるから。

たくさんおしゃべりをした後、ふと会話が止むときの沈黙は、人によってそれは死神が通ったなんて言うけど、わたしは、あなたに天使が宿ったのだと思う。たくさん笑った後の真顔、ほおが少し緩んで天使みたいな顔をしているよ。

 

 

 

◾️元気かと訊くくらいなら会いに来い 吹き出しの文字を信用するなよ


言葉のまんま。そのまんま。どんな顔で文字打ってるかも知らないくせに「よかった!」ってなんだよ、よくねえよ。わたしの心のギャルがいつも爪を噛んでいます。会って確かめろ、抱き合って確かめろ。言葉よりも雄弁なまなざしと身体を持っているんだよ人間は。

 

 

 

◾️長い髪が邪魔だねなにをするにも キスをするにも 忘れるにも


良い男ほど一癖も二癖もある。釣り道具でいうところの返バリみたいになっていて、記憶にも体にもそこらじゅうに刺さって、全部抜けなくて、わたしは毎度血だらけになっている。

長い髪の男はいつも厄介です。手のひらの質感の次に髪の質感を覚えています。キスをするときにそれを遮るように髪がかかるので、手で払いのけなくてはならないのだけど、それはわたしに、させてください。髪を切るときは早めに伝えてください。ドライヤーはわたしにかけさせてください。こういう「お願いごと」が、一つずつ心身に刺さっていく。

 

 

 

◾️才能を使い果たして死にたいよ 桜も蛍もみんなそうだ


わたしの才能は多分頭に宿ってるんだけど、才能を残して死ぬと、火葬した時に脳みそがうまく焼けなくて、頭蓋骨にちょびっと残ったそれが、墓の中で腐りそう。だから怖いんだ。どう転んでも綺麗な死体になりたい。だから才能、使い果たそうね。

蛍は死ぬけど桜は死なない。ごめんなさい桜。でもいつもあなたが散るとき、死んでしまったように見えて悲しいんだよ。

 

 

◾️昨晩の執着を知らない指先で描いた白地図 安全で無垢


あなたのことすごく欲しくてたまらない夜、ほんとうは背中をひっかき回したいくらいなんだけど、指先にはその執着を教えずに、慈しむことだけ教えるようにしているのだ。

明け方、カーテンから日が差して、それを捕まえたくて手を宙に伸ばした。そのまま少し待っていたら、ほんのりあたたかくなった気がする。

 

 

 

◾️言えない、誰にも秘密にしたい 惚気話を聞いてアレクサ


Twitterにもブログにも書くようなことではないけど、とびきりだれかに話したい日のことを、どうしたらいいのかわからなかったけど、令和にはアレクサがいる。惚気話を聞いたらアレクサはどんな顔するんだろう。赤面するかな、笑うのかな。でもアレクサって顔がないよね。

 

 

◾️使い古され、たましいが抜けたあとの 殻のような言葉に住みたい


私が書いた言葉、私が作った言葉の羅列でも、そこから私が居なくなって、抜け殻みたいになったらすてきだなと思う。

中身がないと潰れちゃう言葉なんて、言葉じゃないやい。

 

 

ここにあるの多くはフィクションで、すべてが私の経験ではありません。

ですが、私が共感できるようにしか書いていません。

 

 

スナップ写真のようだな短歌ってなんちゃってだから怒られそうだな

あまりにもすてきな髪と肌をしている 黙っていてもおとぎ話

 

待ち合わせ3回延びて保留 好きじゃなかったら怒ってないよ

 

干支二周回遅れとか信じられん 長距離走なら泣いて済むのに

 

ベッドのことを「おふとん」という君の育ちの柔らかさを思う

 

お礼にと君がくれたどら焼きに貼られた付箋「3日以内」

 

1週間 帰らなくても家賃は払う 月7万の自由は安い

 

鉄板の日でもワインが飲みたいな お好み焼きってほぼパエリアじゃん

 

都内での初めての年末だから 愛、これまでにない歳末セール

 

音楽がなかったらたぶん崩壊してるよね 私の人生とカップル喫茶

 

君ん家の最寄り駅の改札越えられない 正直ベルリンの壁よりやばい

 

夢を食べ、言葉を捨てて笑う街に墜落した 私たち隕石

 

まともに見つめたら忘れられない 電飾と香水 選んで遊んで

 

甘いものあげたかっただけだよどうせ 二人の間で溶かすにしても

 

 

■■

 

最近読んだ短歌集がかわいくて素敵で自分でもやってみたくなった。なんちゃってという感じがすごい。なんかペラペラだな。

57577に収めようとすると、すごく素直になるか匂わせ感が出てしまうから難しい。私は緻密に文章を積み上げていくことしかしてこなかったので、こういうのはあまり慣れないんだけれども、たまには良いものだ。頭の体操というか、イメージを引き出す訓練というか。

 

一瞬の心の機微や浮かんだ風景を切り取るっていう意味で、感覚的にはスナップ写真のようだと思った。

くぎゅっとまとめるだけで、パワーワード感が出てくるのが不思議。なにごとも、説明したらしたぶんだけわかってくれるっていう世の中じゃなくなってきたから、たまにはこういう豪速球の言葉の力も借りたい。

 

みなさま、よい週末を

 

ここにあるの多くはフィクションで、すべてが私の経験ではありません。

ですが、私が共感できるようにしか書いていません。

 

 

 

 

 

死んだ犬の話

彼と会ったのは私がまだ世の中のことなんにもしらない子どもだったころ。

ハムスターの餌を買いに来たペットショップで、気づいたら、お父さんの手のひらに小さい犬が乗っていた。お母さんが、見たこともないくらい甘い笑顔で、「どうしよう」と言って、その毛糸玉みたいな毛むくじゃらを抱いていたのも覚えている。

その年の夏休みの宿題に、「新しい家族が増えました」と書いて、それはクラスメイト達の他の思い出と一緒に教室の後ろの壁にひっそりと飾られた。国語の授業でニュース番組を作ろう、という授業があって、その時にその「新しい家族」がクラスメイトみんなにお披露目された。私がめちゃくちゃ乗り気じゃない犬に服を着せている映像だった。

 

2キロくらいにしかならなかった、小さなヨークシャーテリア。その犬がつい最近(2021年11月1日)15年の犬としての人生をやめて、天国へと旅立った。彼が死んで、1か月が経つ。

花とか、買った方がいいのかな。彼はボーロ(もちろん犬用)が好きだったので、ボーロ(もちろん人間用)を、ワインのおつまみにしようかな。今日は君のためにあるよ。これから先の人生、カレンダーをめくるたび、私は彼を思うのだ。

 

すごくハンサムで、銀色の毛並みが美しい、よい犬だった。親ばかとか関係なく、本当に世界一美しいヨークシャーテリアだったと思う。2006年6月2日から2021年11月1日の間にこの世に存在したすべての犬を比べることができるなら、間違いなくうちの犬が一番美しいのだ。しかし世間はこれを親ばかと呼ぶ。

「いい犬だね、すてきだね、かわいいね」って、毎日呪文みたいに唱えていた。なんかい言っても足りないのだ。届いていたんだろうか。少しはわかってくれていたんだろうか。

 

ヨークシャーテリアは、気高く独立心が強く、基本的にはなれ合わない犬種とされている。うちの犬は、まさに、そんなヨークシャーテリアの鑑であった。あまりなつかなかった。「おいで」と呼んでも来ないのだ。

だから、いつも私の方が甘えていた。いやなことや悲しいことがあると、丸まって寝ている犬のおなかに顔を突っ込んで、話を聞いてもらった。とんでもなく獣臭いときもあったけど、シャンプーをして5日後くらいには、シャンプーのにおいと家のにおいと犬のにおいが混ざって、いわれもなくいいにおいになっていた。その匂いが世界でいちばん好きだった。

 

食いしん坊なので、食べられそうなものは何でも食べていた。机の上に出しっぱなしにしていたマシュマロの袋が空になっていたり、いただきもののシフォンケーキが食い荒らされていたりした。自分の顔よりも大きいケーキにかぶりつくときって、どんな気分なんだろうな。甘くて、おいしかっただろうな。

ダイニングテーブルに上るようになって、お弁当を食べられたこともある。あの時はなんだか、犬と思えなくて普通に、「お弁当とられた(怒)」と思った。

そんな時は毎回、樽のようなおなかになっていて、心配した母が病院に担ぎ込むのだが、毎回、検査の上では問題はなかった。翌日、二日酔いに倒れた人間のように具合悪そうにしていたけど。

 

犬は全部私の悲しみを引き受けても、けろっとしていた。お代はボーロ、時々お散歩。それから冬は、私の部屋の電気ストーブ。

今まで悲しいことは全部犬が解決してくれたので、犬が死んだ日も、「こんなに悲しくても大丈夫。犬がなんとかしてくれる」って一瞬思うんだけど、肝心の犬が目の前で死んでいるので、また悲しくなる。忘れたくないのに、忘れるしか立ち直る手立てはないんだろうか。

 

私は9月に東京に出てきて一人暮らしを始めたので、弱りゆく犬のすべてを見ることができなかった。定期的に実家に戻ってはいたものの、私が最後に帰った日は10月18日で、犬が本当に体調をダメにする3日前だった。

その時はごはんもよく食べて、散歩までした。目がよく見えていないので、とてもゆっくりとしてた散歩だった。秋の陽気の中を行くあの時には、もう彼にはそこが天国が現実か、わからなかったんじゃないのだろうか。

おぼつかない足取り、定まらない焦点。老犬のそれらは、何となく俗世間から一歩距離を置いているように見える。「少し、神様に似た?」と思ったあの日の私の直感は、間違っていなかった。

 

3日後、食事をとらなくなり、起き上がらなくなった。様子がおかしいと感じた両親が病院に連れていくと、ちいさな胃腸が細菌感染を起こしていた。すぐ手術になった。体力が落ちているし体も小さいので麻酔から目覚めるかわからないという注釈付きの手術だった。

そのとき、「きっと犬のことだから、戻ってきたいと思えば目を覚ますし、もういいやと思えばすっと旅立つだろう」と思った。私は冷たい飼い主なのかな。もちろん彼を失いたくなかったけれど、手放したくないという理由でおなかを切ったり、管につなぐのは、嫌だった。今回の手術は、不調の原因を探るための手術でもあった。どうして死んだのか、誤飲など、飼い主の過失によるものであるなら、それは引き受けなければならないと思ったから。

結果的に犬は、手術後30分経たずに目を覚ましたという。結局細菌感染の原因はわからなかった。しかしその手術のおかげで体内の悪いものをすべて洗い出し、少し元気になった。エリザベスカラーを付けて家に帰ってきた犬は、二回りくらい小さかった。よろよろと歩いては、家のいろんなものにぶつかった。でも帰って来てくれてありがとう、と思った。もう少しだけあなたと、話ができる。

 

10月31日の深夜から、呼吸音が壊れた洗濯機みたいな感じになり、母も私も眠れなかった。交代で犬を見守り、気づいたら、朝。11月1日、とても天気がいい朝に、彼は旅立っていった。犬の鳴き声が3つ揃う日が命日なんて、きっと世界中の犬がうらやむに違いない。

その毛玉から命の気配が消えたとき、薄いレースのカーテンを開いてみた青空。彼が向かう天国の扉は全開で、きっと迎え入れてくれるだろうという気がした。

 朝の8:00だったので私も母も妹もそれぞれ仕事やバイトに行ける時間だったが、誰もそうできなかった。犬としてはできるだけ迷惑をかけずに旅立ちたかったんだろうけど、残された側としてはさすがにそうはいかないよ。

 犬が死んだ後のことをiPhoneで検索した。「犬 死んだあと」「犬 葬儀 必要なもの」「犬 遺体 腐敗防止」「ペット 葬儀場」。母と私と妹と、泣きながら「内臓のあたりを冷やさなくちゃ」「ホームセンターにペット用棺があるらしい」などと情報を交換し合った。結局何がどうなったのかわからないまま、私は放置できない仕事をこなしに、会社に向かう電車に乗った。

 

死後、家族で自分の古いケータイやiPhoneに収めた犬の写真を共有しあった。たくさんあるようで全然ないし、全然ないかと思ったらけっこうたくさんあった。みんなそれぞれ持っている写真が違うので、こんなことしてたんだ!ってびっくりしたりもした。死んでからもまた、犬と出会いなおした不思議な感覚だ。懐かしい写真で笑えたりもして、でもやっぱり涙は出てくるから、どういう風に話していいか全然わからなかった。でもやっぱりかわいい。でもやっぱりもういない、もう会えないんだよね。でもやっぱり、でも、やっぱり。これから先何度もこれを繰り返すのだろう。

 

犬が死んだ日に水につけたチューリップの球根の根が、ものすごい速さで伸びてびっくりしている。まさかチューリップになって帰ってきたのか?もうすこし長く一緒にいられる姿で戻って来てよ。わたしは15年間あなたを愛して、愛して、愛したのだから、もしその魂が違う姿をして現れたなら、一番に気が付くよ。そのためにこれから生きていくようなものだよ。

 

何度でもいうよ、朔日は君のためにあるよ。

これから先の人生、カレンダーをめくるたび、私はあなたを思うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

星の王子さまとキツネの話

「下心があるのが恋、真心があるのが愛」

「恋は求めるもの、愛は捧げるもの」

そんなことをいちいち考えて人を愛したりなんかふつうしない。「恋に落ちた」と思ったら、世界中のどんな口説き文句も、ラブソングも白々しい。この気持ちは自分だけのもの。抱きしめて、誰にもまねされず、誰かから何か言われることもなく、一人で可愛がりたい。

 

恋に落ちたくらいなら、1人で狂っている方が楽しい。でも、愛を育てるには、わたし1人がせっせと世話をしていてもどうしようもない。わたしがいくら愛そうともだめで、やっぱり愛は二者間での出来事なのだ。

 

星々を旅したちいさな王子さまとキツネは、ある星で出会って、二人だけが見る景色を少しずつ増やしていくことで互いを信頼し合った。愛って、そういうことなんだとわたしは思う。

このありふれた、誰にとってもどうでもいい世界で、「だけど、これだけは」という共通の認識を増やしていくこと、今まで見逃していた日々のいろんなところにきらめきを見つけることであり、思い出の色を付けていくこと。ひいてはそれは、放っておいたら風船のように飛んで行ってしまう「生きよう」という意志を繋ぎとめておくことにもつながる。愛は(男女間の話だけでなく、師弟愛や家族愛も含む)そんな形をしているのではなかろうか。

そう思うと、やっぱりわたしはここで間主観という言葉について考え込んでしまうのだ。

「間主観」とは、2人以上の生き物によって合意が形成されている状態のことである。つまりそれは主観と客観の間にある状況のことを指す。自分1人の考えではないけれど、誰もが同意する客観的な考えではない。経験や記憶を共にした数人だけが共有する主観のことである(とわたしは理解している)。

デカルトが残した言葉「われ思うゆえにわれあり」的な主観主義は、もう相当キツい。だって単純に「われ思う」だけでは「ゆえに我あり」とはいかない。我ありの状態になるには、他者との比較、状況やらなんやらいろんな要素が絡み合うから。

かといって、客観的に見て正しいことなど、この世界ではもはやあり得ない。なにが正しくて何が間違っているのかなんてことは、立場や境遇によって違うわけで、それはこれまで数々のドラマや小説が証明してきた通りだ。

 

というわけだから、誰かを愛することはものすごく間主観的な営みだなと思う。個人間のレベルでこの世界の常識を編みなおしていくこと。世間が「ダメ」ということであろうと、私とあなたならそんなものは越えてしまうとか、世の中の誰もわかんないだろうけど、私たちはこの話題がとても好きで楽しめるんだ、とか。まあ平たく言えば「2人だけの世界を作る」という話。(….なんだけど、お互いに夢中になって結果的に2人の世界が出来上がるってわけじゃないんだということは注釈しておきたい。)

 

でもこれ、実践するには結構面倒だったり、困ったりする。というのも、自分とは相入れない考えや趣味、興味がなかった出来事について、一旦は自分の中に取り込んで考えなくてはならないから。経験を共有するためにね。

 

そのためには、自分がどれだけ揺らいでいられるかだと思う。

別にこれはどこにも書いてなくてわたしが思うことだけど、親身になるとか同情するとか共感するとかとは、単に気持ちの問題にとどまっていて、感想として「可哀想」とか「大変だね」とかを言うだけだ。

一方で揺らぎやすさは、「じゃあわたしも」と、当事者と同じ状況に身をおこうとしたり、手を差し伸べようとしたりする。そうすれば相手と同じ経験を共有できるから、はい間主観の出来上がりというわけだ(そんな簡単じゃないけど)。

つまり自分がどこまでも透明で、弱くて、影響されやす状況に在ろうとする、少なくともわたしはそう在ろうとしている。

 

でもそれって自我がなくない?相手のことばっかりで辛くない?という次の疑問が生まれる。

が、全然辛くないし情けなくもない。相手に追随するだけではなくてきちんと自分の好みも通すから。身体的な不快感を感じたとき、ダサいと思ったとき、危ないと判断したときなどなど。そのエラーが出るまでは、わたしはどこまでも透明で、弱くて、影響されやすく在りたいのだ。

 

やっぱり、自分のこういう性格を分析してみると、どんどんいろんな人に出逢わなくてはわたしはずっと単に透明で弱いままなんだな、と思う。

最近は新しい人に出会わなくてどこまでいっても行き詰まりを感じていて、自分がどんどん小さくなっていく気がして焦っていた。

 

急ぐことはないだろうけど、懐かしい人や、初めて会う人に出会うことを諦めないでいたいなと思う。それが愛にまで育たなくてももちろんいい、わたしはこの世界に誰かとの経験や秘密を、できるだけたくさん咲かせたいのだ。

 

◾️◾️

大きな窓から流れ込む風が、

季節が変わったことを教えてくれた 

肌に似合わない街の匂いに取り残される

その心細さを愛おしく思う

 

恐る恐る差し出したら

あなたは喜んで受け取るのだろうか

困ってほしい

わたしがあなたに狂ったのと同じくらい

  

朝、それは昨日の続き

洗いたてのリネンの匂い

カーテンがない部屋の朝日

真っ白い渦の中で泣いた 

忘れないでいて