ポートレイト2

彼女との思い出は、カーテンの陽だまりの中。

小学生の昼休み、放課後、中学生の昼休み、わたしたちはよくカーテンの中に入って話した。小学生の頃は彼女の雰囲気は、白色に、ミルクティ色のブチがある子猫に似ていた。わたしよりも背が低くて腕が細くて、わたしの中に庇護の義務感を思い起こさせるものだった。だからわたしは、彼女のそばにいたのかもしれない。中学生になってから気づいたけど、彼女はわたしがそばにいなくたって、どんどんすてきに、強くなっていった。

彼女との思い出は、校庭の隅っこの遊具。わたしはそこで、彼女が好きな本の話を聞いた。誰かと友達になるきっかけなんて覚えていないものだけど、彼女との場合はよく覚えている。後日わたしは彼女からその本を貸してもらった。青い鳥文庫のシリーズ物のそれは確かにほんとうに面白くて、2人で新刊の発売日を指折り数えた。当日、千円札を握りしめて駅ビルの6階の本屋までエスカレーターを駆け上がったのを覚えている。その児童書はもう読むこともないだろうけど、そんな思い出がいっぱいくっついているから、これから先も永遠に捨てないだろう。

彼女との毎日は、物語を紡ぐ日々だった。わたしたちはしょっちゅう手紙を交換した。毎日会うくせに、毎日手紙を書いていた。交換ノートはよく貯めたけど、彼女との文通の返事は滞らせたことがなかった。書きたくないと思った日はなかった。今ではメールの返信1つに手間取っているくせに、不思議なものだ。彼女と文通していた頃、打てば響くような言葉のやりとりが、どんどんわたしに文字を書かせた。今思えば、こうして文字を書くことがさほど辛くないのは、彼女との文通のおかげかもしれない。便箋に5枚も6枚も、呆れるほどくだらないことを書いていたと思う。クラスの行事のこと、気になる男の子のこと、夢中になっている本のこと、友達とのいざこざ、数々の妄想。その手紙を読むのも、カーテンのひだまりの中だったりした。

彼女は絵を描くのが得意だった。細くて白くて長い指が鉛筆を握れば、やわらかくて優しい絵がいくつも描かれる。線が薄い彼女の絵は、しゃぼん玉みたいに儚くて可愛い。

彼女はよく、わたしが書いた物語に彼女が挿絵をつけてくれた。わたしが書いた物語を漫画にしてくれた。わたしが作った設定のキャラクターで全く別の物語を漫画にしてくれた。そのときのことを思い出すたびに涙が出そうになる。自分の頭の中身が誰かの手に渡って、大切に扱われることの心地よさ、気持ちよさ。その安心感を教えてくれたのは彼女だった。だから、彼女との創作はわたしにとって、子どものごっこ遊びでは済まされないのだ。彼女はわたしの妄想を一番よくわかってくれる人だったから、それができた。

「話していると、ときどきふっとあなたはどこかにいくでしょ。そういうとこがいちばん可愛い。あ、こいつどっか行ってんなーってときの顔、それがあなたの色気だよ」

成人して会ったとき、彼女はそう言った。その頃の彼女はちょうど専門学校を出る頃で、いろんな人に会って、いろんなデザインの技法を学んでいた。大学2年生のわたしよりもずっと大人びていた。陽だまりの中にいた、白色にミルクティ色のブチがある子猫はそこにはいなかった。

20歳の誕生日、ある郵便物がとどいた。開けてみると、ごくごく薄い文庫本だ。編み物で作ったような柔らかい雰囲気の花が咲いた表紙で、タイトルは「bouquet」、送り主が彼女だった。

その頃のわたしは、あるサイトで小さな物語や詩を書いていた。それを見つけた彼女が、そのサイトにあるわたしの文章で本を作ってくれたのだ。

「あのサイトにある短編、まとめてタイトルつけるとしたらなんだろ?」

「花束…bouquetかな」

「なるほどね、すてきだね!」

そんなやりとりを、たしかに、した。だけどそれがこんな形になって自分の手元に届くとは思っていなかった。本屋さんに並んでいてもおかしくないデザインの本だったから、すぐには分からなくて、でも、目次を開いたら見覚えのある字の並びだったから、ハッとした。ページをめくると品の良い明朝体の縦書きの文字が並んでいる。ドキドキ胸が高鳴って、わたしはその小さな本を抱きしめて、しばらく泣いた。玄関で、靴も脱がずに。

彼女とは中学を卒業した後、めっきり会う頻度が減っていた。それでもこんなに気にかけて、寄り添って、わたしの言葉を大切に扱ってくれるのだ。

その頃のことを思い返すたび、また創作しようかなと思い返す。彼女と創作した頃の物語のキャラクターたちはまだわたしの頭の中では生き続けているから全く不可能ではない。

もしも……もしもわたしが本を出したら、表紙や挿絵は全部彼女に任せたい。中学校の教室の片隅でやっていたことを、いつか社会にお披露目できないかななんて、痛々しい妄想が今日も止まないのだ。